NISM コラム
お金にまつわるつぶやき
Vol. 17 トラス首相の失敗から学ぶこと(1)
投稿日:2022.11.08
2022年9月6日に就任した英国トラス首相(Mary Elizabeth Truss 1975 – )が就任から僅か45日後の10月20日に辞任を表明し、25日に退任しました。理由は就任直後に発表した経済対策が間違っていたということです。
マクロ経済は、総需要と総供給から物価と実質GDPがザックリと導き出されます。イギリスの置かれている状況はドル高ポンド安だけではなく、EU離脱やロシアによるウクライナ侵攻に対する干渉(武器や情報の供与など)により、総供給曲線が上方にシフトした形になっていると考えられます。
この状態はスタグフレーション(Stagflation)と呼ばれます。景気後退局面でインフレが同時進行することで、停滞(Stagnation)とインフレ(Inflation)の二語を合成した言葉です。
総供給曲線を適正と考えられる位置まで下方にシフトさせるためには、EUへの復帰、ウクライナへの支援の停止などが考えられますが、どちらも今すぐ実施はできなさそうです。また、TPPへの加盟も考えられますが、効果が出てくるのは数年先になってしまいます。
そこでトラス首相は、所得税最高税率の引き下げや法人税の引き下げを考えました。これはマクロ経済的には総需要曲線を上方にシフトさせる効果があります。総需要曲線を総供給曲線に合わせようという試みかもしれませんが、実際には実質GDPが下がり、物価を大幅に上昇させることに繋がるとしか考えられない政策です。
そしてマーケットが先に動きました。トラス首相は減税の財源について明言しなかったので、財政が悪化するのではという思惑・懸念から、英国債価格が下落して国債の金利が上昇してしまいました。トラス首相はすぐに誤りを認めて政策を撤回し、財務相を解任しました。しかし時すでに遅く首相として求心力を急速に失い、内閣支持率も一気に7%まで下落し、辞任という事になってしまいました。
他方、一部報道では減税ではなく増税を行えば良いのだという論調も見られましたが、増税もスタグフレーションの状況では無理筋です。増税は総需要曲線を下方にシフトさせるので、実質GDPが下がり、物価は上がり、経済活動そのものが委縮してしまうからです。スタグフレーションは見せかけが「インフレ」で実質は「デフレ」なので金融緩和または同様の効果が見込まれる政策を取らなければなりません。しかしこれも財源があってのことです。
しかしイギリスは政策金利を0.75%引き上げをしてしまいました。金融引き締め策です。ということでイギリス経済の苦境は首相が変わっても続くと考えられます。もっとも新首相は大変なお金持ちのようですので、新たにファンドを立ち上げて500億ポンドくらいの資金を調達し、財政に組み込めれば…まぁ、ちょっと現実的ではありませんね。
次回は日本経済への処方箋案です。